古美術の研究

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zoom RSS 平安城長吉

<<   作成日時 : 2007/02/17 18:23   >>

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板目肌、肌立ちごころの強い鍛え、地映り立つ。
のたれに足入り、谷は刃先に迫る。

一見村正とも見える作風。
すすどしさはなくも、古京物の風情残存す。



<仮題>  刀剣の美術性とその経済的価値

昔、片田舎のある刀剣店を訪れた際、渡された一刀(踏ん張りのある良き姿の小太刀)をしばらく観ていると、店主曰く 

「いい刀なんですがねえ・・・・。チョイト疵があるでしょう・・・・。此の辺ではみんな刀の良さはわからなくても疵はよく見るんですよ・・・・。」と言われた。
この話は今でも時々思い出す。

刀剣は、他の美術品に比べその健全さがその経済的価値に非常に大きく関与する。

刀剣熱が全国的に高まっていた昭和40年代前半、棋界の大先生曰く 「刀は、疵があっては駄目です。二流工の作でも、欠点のない出来のいいものを求めなさい」・・・・

確かに疵欠点のあることは、業者にとって格好の値下げの条件(買う時は違う)。
買い替え等の経済的価値を心配してのことと思われ、ごもっともな話ではある。

しかし、同じ経済的負担の場合、欠点のある一流工と、健全な三流工の作品があった場合、どちらがその美術性が高いかと考えると、それは一流工のほうである。

いくら出来がよいと言っても、それは三流工の範囲の中であり、ただいたずらに健全である事がその美術性にどれだけ貢献するものであろうか。

「名画は寝起きをともにしろ」と言う言葉がある。

その作品の美術性は、高ければ高い程長時間にわたり、幾度も見る事が必要なのである。

刀剣鑑賞も、出来るだけより高い美術性を持ったものを、じっくりと味わう事が重要である。

鑑定会等で短時間拝見しその全貌を味わう、或いは見抜くのは甚だ難しい。

いきおい、何等かの経済的負担を強いられ自分の手元に置く必要がでてくる。

しかし、その経済力が有限である以上、少ない経済的負担で、より以上の美術性を楽しもうとしている純粋で真摯な古美術愛好家にとっては、僅かな疵などは左程気にするべきものではなく想われる。(金銭至上主義の古美術愛好家は除く)

もし、国宝の志野茶碗が、いにしえにまっ二つに割れて、金繕いがされていたとしても、その美術性は微動だにしないと私は信じている。


 

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