古美術の研究

アクセスカウンタ

zoom RSS 肥後大掾貞国

<<   作成日時 : 2007/02/20 21:55   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
画像
板目肌立ち心に良く練れ、映り心あり。
直刃に僅かに小互の目、小足交じり匂い口沈み心に小沸つく。
刃中略前面に薄い刷毛目の如き砂流し掛かる。



康継銘は、徳川家康公により下坂鍛冶集団から選ばれた何某が授銘したと云う。

ここで問題はその何某が一体誰であったかである。

一鍛冶集団の中から特別に選ばれたわけであるから、名も無き鍛冶ではなく、それまでに、個銘を持った代表者である事が当然ではなかろうか。

銘振りについて考えると、康継には慶長18年、受領まもなくと思われる銘があり(これ以前の年紀のある銘を見ない)、やや太鏨でまだ手馴れていない銘でありその銘振りが一定しないきらいがある。

この事は、その銘の切り始め、即ち受領後、間もないことを示唆するものではなかろうか。

よって、康継改銘の年代は、慶長12年説と慶長18年説があるが、18年説のほうが正しく思われる。(元和7年9月没、作刀期間は、晩年の約8年間)

その後、細鏨で流暢な銘が出現するが、最晩年まで、この手のやや太鏨の銘が残る(老熟化はする)。

一方、貞国にもやや太鏨で稚拙な銘と、細鏨、流暢な銘があり、慶長14年紀の肥後大掾銘の作刀が現存していて(これ以前の年紀を見ない)、この銘はやや太鏨の銘である。

この事を考え合わせると、慶長14年以前に初代貞国が肥後大掾を受領、慶長18年頃康継と改銘、後の二代康継に貞国銘を譲り、この時点で細鏨の貞国銘が出現、その後、初代老弱のため代銘もあり、細鏨の康継銘も混入したものと、考えられないであろうか?

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
肥後大掾貞国 古美術の研究/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる